アバンギャルドについて一言 – 映像作家・写真家Ralf Schmerberg

Ralf SchmerbergRalf SchmerbergRalf SchmerbergRalf Schmerberg
情報過多の時代にある今日、クリエイティブなアウトプットにおいて、他者を凌駕する「圧倒的な境地への到達」がその難易度を増している側面が目立つ。
つまり、ある種の「表現の均質化」が進んでいる。

即時的な情報シェアが進む世界では、本来創造性の源泉となる、「自分だけの唯一無二の体験・時間」を確保しづらい事がその理由の一つ。

20世紀ではモノづくりや情報発信の場やリソースは特権的立場を保有する人のみがアクセス権を持ち、それ以外の人々にとっては未知の部分が多く、立ち入る隙は決して多くはなかった。映像作家にとって、映像一つ撮る事自体が労力的・コスト的に大変な上、発表する場の確保は至難の技だった。小説家であれば、編集者と関係がある者がグローバル規模の作品発表の場を得る事ができた。

しかし、21世紀に入ると、様々な技術革新とコスト減により、それまで限られた人のみがアクセス権を保有していたリソースや発表の場が一気に解放され、皆がそれを享受できる立場となった。これにより、皆がiphone片手に写真家や映像作家となり、ウェブを通じてジャーナリストと化した。そして、これらの範囲は日に日に増えている。

これらは決して悪い事ではなく、むしろとてもプラスであると感じている。「機会」そのものを獲得できない社会はやはり不利益の方が大きい。機会を活かせるか否かは個人や集団の力量次第、という機会平等は良い意味で競争や共創を生み、真に人々にとって有益なものが残ればよい。

その意味では、「プロとアマチュア」の差と「社会的影響力」の差はその相関関係が薄くなっているのが今日という時代。もちろん、スキルやアクセスできるリソースの違い等はあり、それによってアウトプットが左右されながらも、プロだからといって社会的に支持され、アマチュアだから社会的影響力を持てない、という環境ではないのである(ここでは、社会的影響力を持つ事が良い事、という単純な話をしたい訳では決してないので、ご承知願いたい。)現在、ネットにおける表現自由度をめぐって、国内の統制力を維持したい後進国とそれらの技術恩恵をより幅広く享受したい先進国とが政治の場で対立しているのもその一例である。

しかし、機会の平等化の負の側面としての「表現の均質化」はやはり見過ごしてはならない現象である。

やはり、人は圧倒的な世界に感動し、心震えるものを感じる生き物である。私達が自然を見た時、人間の小ささを身を持って感じる感覚はこれに近いのではないだろうか。この時重要な事は、その感覚は決して劣等感ではない事だ。
あまりにも圧倒的なものに凌駕された瞬間は悔しい思いがしながらも、少しの時間と共にじわじわと、気持ちが良く、妙な納得感と感謝の気持ちと共に、大きなモチベーションが湧いてくる。

「上には上がいる」と感じさせてくれるのがこの社会の財産の一つではないだろうか。
そんな思いを胸に、改めて「前衛」またの名を「アバンギャルド」という言葉の意味を少し考えたい。「前衛」と聞くと、アートを連想するかもしれないが、それは一部に過ぎない。

前衛は、心の拠り所であり、一つの矛先であり、今である。

「現状維持」「満足感」「安定」の反対岸に凛と佇んでいるのが「前衛」である。一部では表現の均質化が起こっている現世だからこそ、改めてこの言葉が教えてくれる姿勢を意識したい。今回はそんな前衛に対して興味深い言及をしているRalf Schmerbergを本記事で少しだけご紹介したい。

Ralf SchmerbergRalf Schmerberg

映像作家・写真家として活躍しながらも、Ralf Schmerbergの仕事は実に多様である。遡れば90年代にコマーシャルのディレクションを通じて描いた実験的な視点やアイディアが評価され、後に制作した映画作品の”Poem”では受賞歴もある。また、彼の人生にとって政治は切っても切り離せない存在である事から、とても政治的観点が持ち込まれた”Holywood”、”Trouble – Teatime at Heiligendamm”、”Dropping Knowledge”といった数々の映画やプロジェクトが存在する。Ralf Schmerbergの最も新しい作品として、21世紀における人々のあり方を問いた“Problema”は2011 Best European Documentaryを受賞している。

そんなRalf Schmerbergの職歴は十代の頃に務めていた肉屋から始まった。彼はこの時を振り返り、「大きな間違いだった。実に不幸せな日々が続いていた。自分は1年半も嫌いだった場所で働いていたんだ。自分は社会、家族、その他の外部影響力に自分の人生をある方向へと導く事を許してしまったんだ。」と語っている。

しかし、転機は1年半程働いていたある日の通勤中の朝に創られた。Ralf Schmerbergはその時の事をこう話す。「その日の朝は実に壮麗だった。世界がとても美しく感じたんだ。そんな中、自分はソーセージを作るために汚いキッチンに閉じ込められていた。明るい光が差し込む中、自分はその光から目を離す事ができなかった。その瞬間、自分の心の声が聞こえ、こう語りかけてきたんだ、”今ここを出なければ、一生出れないぞ”と。」その声を頼りに、Ralfはその場を去ったという。

その瞬間をRalfは「人生を奮い立たせてくれたアバンギャルドな瞬間だった」と表現し、「何故ならばわずか数分間でとても大きな跳躍を遂げたのだから。勇気いる決断だったが、それによって今日の自分がいる」と続けた。

また、Ralfはアバンギャルドの言葉が持つ意味として次のように話している。

「自分にとってアバンギャルドとは人生の一部なんだ。人生を理解する上でとても大切な言葉だ。例え、周囲が感じとれなくても、アバンギャルドは自分の人生の中で起きる事なんだ。それは、愛という感情が自分だけのものであるように。そして、それらは他人が決して体感できない形で体感する事ができる。アバンギャルドでいる事というのは、馬鹿でいる事と同じように簡単にできてしまう事なんだ。それは与えられたものであり、人を選ばない。”特定の人のためだけにあるもの”という認識は間違っている。アバンギャルドとは自分、そして社会のために新たな扉を拓く事。もしそれらが私達にとって新たな視点を与え、物事への新たな理解を示してくれたならば、それらは”アバンギャルド”だ。」

「アバンギャルドはその瞬間に起こるものであり、捉えられないものでもある。何かアバンギャルドなものを意図的に創る事はできないと感じている。多くの人は意図的にそれらを生みたいと考えているし、自分もかつて理解が乏しい時代においては同じように考えていた。どこでどのようにしてアバンギャルドが生まれるかは分かるかもしれないが、最終的にアバンギャルドであるか否かは、全てが終わった後にしか分からないんだ。」

20世紀、アバンギャルド思想を持ち、形にしてきた数々の先人たちの存在を思うと、改めて、創造的に生きる姿勢を再考したい。

Ralf Schmerberg

Ralf Schmerberg Website
http://www.ralfschmerberg.de/home

Submit your comment

Please enter your name

Your name is required

Please enter a valid email address

An email address is required

Please enter your message

Future Ownership Japan © 2024 All Rights Reserved